あの瞬間!俺たちは若かった!!

日々の出来事を綴っていきます

滋賀の旅

10月13日晴れ・・・今年は、秋祭りがないので10日・11日と1泊2日でママとGOTOトラベルを利用して滋賀の旅(お城めぐり)に行ってきました。この時期に、家族旅行なんて考えられないことです。例年だと祭典事務所に閉じこもり来客、御花の受付…まともに本業の仕事なんてできません。旅行いけるのもコロナのおかげなのか?微妙な感じです?

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・・・ということで10日(日)は、午前8時に自宅を出て約3時間で小谷城戦国歴史博物館に到着。小谷城は浅井亮政が小谷山に築城し、久政、長政と3代でおよそ50年間江北を治めました。長政は信長の妹・お市の方を妻に迎え、信長と同盟を結びます。しかし、浅井家と同盟関係にあった朝倉家を信長が攻めたことで、信長と争うこととなります。小谷城は堅固な山城であったため、その落城までおよそ3年の月日を要することになりますが、浅井家は滅亡させられます。

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長政とお市の方の3姉妹・茶々、初、江はも数奇な運命をたどり興味が尽きることはありません。館内は、コロナで来場者が少なくボランティアガイドのおばちゃんが熱心に解説してもらってから小谷城に向かいます。

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ここから小谷城シャトルバスに乗って中腹まで登ります。

小谷城は、浅井三氏三代の居城であった山城です。北陸道中山道の要所をおさえ、琵琶湖へも近くまさに重要なお城でした。今もなお、地形を巧みに利用した遺構がのこります。

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シャトルバスに乗って一気に番所跡に到着。語り部ガイドの人が解説してくれます。

ガイドの登山の杖には、熊避けの鈴が付いてます(熊がでるとこみたい)。

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城跡は、多少の石垣を残しつつ城全体の形がよくわかり、実に城跡らしい城跡。どこに立っても浅井長政気分が味わえます。ただし、城内はまったく未整備ですので、足元不安定。下山するのにも大変苦労しました。

 

ここを後にして長浜城に向かいます。

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1573年」に豊臣秀吉が築城しました。現在は「市立長浜城歴史博物館」となっています。築城時には小谷城の資材が使われ、廃城時には資材が彦根城に流用されました。

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本丸跡の石碑がありました。訪れた日は長浜城に関する常設展示の他に、「葛籠尾崎・海底遺跡」の企画展も開催中。天守閣最上階の5階に上りました。 望楼の戦国パノラマ展望台となっています。

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           ホテルからの風景

そこそこ時間になったので今日の宿泊先「エクシブ琵琶湖」に向かいます。前が琵琶湖です。メッキタックルを持ってきてるので夕食までブラックバスでも狙ってみようかと目論んでましたが爆風で釣りになりません。ホテルでまったりしてました。

 

10月12日晴れ・・・翌朝は、エクシブ琵琶湖を午前10時に出発し彦根城に向かいます。

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彦根城の見どころは天守内部です。さすが国宝、昔の木造建築が残されていています。うねった樹木の形をとどめた梁や、どこか懐かしささえ感じられるその空間、窓から光が差し込み、静かに時間が流れていました。天守内部の階段は急でちょっと怖いですが、階段降りるときが一番怖かったです。その後、城下町をゆっくり散策してから姫路に向かって帰路につきました。この時期の旅行にいったのは人生初、たぶん今後もないと思い記憶に残しておきます♪